メンタルヘルス
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VI.この研究の経緯と今後の課題

うつ病など、メンタルヘルス不調についての医学は、人の脳を生物学的に観察する視点(生物学的精神医学)から歴史的に進歩し続けています。まず、1980年代までに、脳と身体のホルモン分泌の異常が、うつ病と強い関連があること(視床下部‐下垂体‐副腎皮質系等について)が示され、岡山大学の大月三郎先生、佐藤光源先生をはじめとする研究班が、大きな 業績を残されました。さらに、1990年代後半には、広島大学の山脇成人先生が、脳内のストレス適応機構について、こころの健康科学研究事業(厚生労働省科学研究)を成されました。 2004年には、横浜市立大学の平安良雄先生が、うつ病などの脳画像所見を総括され、現在までに慢性疲労やうつ病、統合失調症、PTSDなどの脳の代謝・血流変化に関する研究が世界中で行われています。

 このような偉大な先輩達の成果の中から、私たちは、うつ病の方の脳の機能の変化に注目しました。働く人の抑うつや疲労は、その人の自覚、主観だけでは正しく把握できないことも多いからです。たとえば、過重労働に疲れきっているはずの人が、「大丈夫です」と言いながら‘疲れを感じない疲れ’にとりつかれている状態、一方で、仕事を覚え始めたばかりの自覚的ストレスに嫌気がさした状態、この両者は異なると思いますが、自己記入式チェックリストでは後者の方が重症うつ病に値する点数が出ることもあるのです。けれども、「仕事を休まないといけません」、あるいは「復職可能と見込みます」といった医学的見解は、簡単に本人の主観を否定できるものではありません。

 そこで私たち、労働者健康福祉機構は、働く人々に多く発生する健康障害についての研究(労災疾病等13分野研究)の一課題として、「ストレスや疲労の度合いや、うつ病の程度を客観的に観察できる‘ものさし’を開発・普及する」というものを研究のゴールにしています。そして、働く人々が一般的に受診される医療現場で活用できるツール(機器)での成果をあげることが目的です。そのため、これまで脳梗塞や認知症等では、全国の多くの病院でほぼ一般的に行なわれているSPECT※1という脳の検査を用いることにしました。脳の働きが活発な部分とそうでない部分を血流の変化で示す脳機能画像のひとつですが、functional MRIやトポグラフィーに比べて、全国の多くの病院に普及している検査法です。

 このSPECTを用いたうつ病の研究も、世界中に多く存在します。けれども、勤労者年代(20〜65歳)を対象にして、病状の回復まで追いかけ、同時に疲労の蓄積や睡眠の状況と脳血流との相関関係を示すものは私たちの知る限り、ありませんでした。  この研究でわかってきたことをお示ししたとおり、うつ不調期の方の軽度の脳血流の低下は設定画像ではブルーに表示されます。それは“脳ブルー”とも表現できるように、画像上、 主に左脳の前頭葉、頭頂部などの血流が低下していて、うつ病のもたらす認知・集中力の低下が推測されます。充分な睡眠・休養と抗うつ剤などの治療により、セロトニンなどの脳内の神経伝達物質の動きが整えば、“脳ブルー”が解消されています。うつ不調期に現れていた“脳ブルー”が消え去ることが、わかりやすく設定した画像により、患者さんの目の前で回復を説明できる。その実体験は、患者さんと医師、両者の安心感と回復力をのばす自己効力感(自身が成功できる感覚)を高めてくれるように思います。

 また、現時点で、うつ不調期だけではなく、自覚的な疲労感が高い状況で左前頭葉などの血流低下が示されています。また、睡眠が充分でない状況においても同様に、前頭葉から頭頂葉にかけて血流低下が認められています。あらためて産業保健(働く人々の健康管理)の観点から、1ヶ月に80時間、100時間以上の超過勤務が意味するものは、働く人々にとって充分な睡眠と休養が確保されない状況と考えられます。私たちの研究結果は、こうした過重労働が勤労者の疲労感や抑うつを招いている現実に対して警鐘を鳴らすものかもしれません。

 そればかりでなく、うつ・疲労感というものは、脳の機能の低下を伴う現象であるけれども、充分な睡眠、休養、(場合によっては)治療によって、「ちゃんと回復しましたね」と画像と併せてサポートできる。これが日常の保険診療において実現できれば、多くの人の“脳ブルー”を解消するために大変有用だと思います。今後も、メンタルヘルス不調と脳・生体活動についての研究・普及活動を続けて、先見の知識を積んだり、日常診療と産業保健をあわせた勤労者医療をさらに進めていきたいと考えています。

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