V.疲労と脳血流との関係
V-1.疲労感と睡眠不足の示す“黄色いシグナル”
まず、うつ病不調期・うつ回復期・健康者について、SDS※3というチェックリストから自覚的な疲労感について調べました。そして、その疲労感の得点と脳血流との相関関係を調べてみました。その結果、図5のように、疲労感を強く感じている人ほど前頭葉に特徴的な血流量の低下が、黄色に表示されています。
図5 疲労感と脳血流量
図6 睡眠不足と脳血流量
次に、同じ対象の方達について、睡眠の状況を調べてみました。
調査の時期からさかのぼった2週間について、「寝つきやすいのですか?」、「途中で目が覚めて眠れませんか?また寝つけますか?」、「普段より早く目覚めてしまうのですか?」などを問診しました。
そして、睡眠不足の度合いを新しくIS(Insomnia Score)と定め、その点数と脳の血流量との相関関係を解析しました。その結果、図6のように、睡眠不足な人ほど、前頭葉から頭頂葉に特徴的に脳血流量が低下していることが表示されています。
ここで、さらに注目したいことは、図5と図6の黄色の表示が、とても似た場所にあるということです。
自覚的な疲労感に対して、仕事や日常生活の中で蓄積した疲労は、“疲れを感じない疲れ”のように自覚されない場合もあると思います。働く人々の健康・衛生を守る観点から、たとえば月間80〜100時間以上の超過勤務(勤務時間を越えた長時間労働)が意味するものは、充分な休憩や睡眠がとれない状況と考えられます。私たちの調査の結果、睡眠不足が及ぼす脳への影響と疲労感のつのった脳の状況がとても似ていることが推測されます。あらためて、働く人々にとって、長時間労働・睡眠不足が、疲労感をつのらせ、前頭葉などの働きを低下させることがわかってきました。
これは、過酷な労働への“黄色いシグナル”(警告)であり、また、充分な眠りの大切さをあらためて教えてくれるものです。
V-2.労働者の疲労蓄積度自己チェックリストの結果と脳血流
労働者の疲労蓄積度自己チェックリスト(厚生労働省)を用いて、うつ病不調期の方と健康な方達に対して、I:自覚症状総点、II:勤務の状況等、III:仕事による総負担度を調べました。チェックリストの結果は、前半のII.うつ・疲労の度合いについての調査結果に示したとおりです。各大項目の結果と脳血流量との相関関係について調べてみました。
(1)自覚症状の総点と脳血流量との相関
うつ病群、健康対照群、それぞれの群におけるチェックリストの点数と脳血流との関係については、どちらの群においてもあきらかな相関関係は認められませんでした。けれども、両群をあわせた解析では、図7に示すとおり、自覚症状総点が高い人ほど側頭から後頭部に特徴的に血流量の低下が認められています。この部分の血流低下と精神的な不安の強さとの相関関係を推定する意見もあり、このチェックリストの自覚症状は不安の強さをも示すことができるのかもしれません。
図7
(2)仕事による総負担度(点数)と脳血流量との相関
うつ病群、健康対照群、それぞれの群におけるチェックリストの点数と脳血流との関係については、どちらの群においてもあきらかな相関関係は認められませんでした。けれども、両群をあわせた解析では、図8に示すとおり、仕事による総負担度が高い人ほど側頭葉の下
面に特徴的に血流量の低下が認められています。
この血流量低下を示した部分は、人の不安・情動などと関わる場所(辺縁系)に含まれるところで、仕事による総合的な負担が、社会生活に関わる脳の大変重要な部分の働きを低下させることを推測させます。
図8
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