―職業性皮膚障害の実態・発生機序ならびにその予防に関する研究の追跡調査―
まとめ・考察
職業性皮膚障害は、わが国だけでなく諸外国においても、労災補償上認定される業務上傷病の中で、最も件数の多いものとされています。職業性皮膚障害の原因・症状は、多種多様ですが、その中では、どの統計においても、職業性接触皮膚炎の頻度が最も高いと報告されています。職業別の罹患率は、調査地域の特性などにより相違が生じますが、理・美容師、医療従事者、調理師、飲食業、機械工、建設業、農林業、清掃業、事務職などにその頻度が高い傾向があります。
最近、欧米では職業性皮膚疾患に関連する情報交換や共同研究などが盛んになり、アメリカではNACDG(North American Contact Dermatitis Group:北米接触皮膚炎共同研究班)が職業性接触皮膚炎の発生状況の疫学調査やパッチテストによる調査を多く報告しています1, 2)。イギリスでは、1993年より自発的に皮膚科医のおこなった職業性皮膚炎の報告をまとめたEPIDERM計画(Occupational Skin Disease Surveillance Scheme)が、1996年より産業医が加わってOPRA(Occupational Physicians Reporting Activity:産業医報告活動)に発展し、職業性皮膚疾患の現状を報告しています。これらの報告は、職業性皮膚疾患の全てを示しているわけではないですが、職業性皮膚疾患の重要性を最もよく示しています3, 4)。フィンランドでは、FIOH(Finnish Institute of Occupational Health:フィンランド労働衛生研究所)が1946年から詳しく原因物質別の職業性接触皮膚炎の発生状況などの調査をしており、職業性皮膚疾患の傾向を統計的につかむことができます5, 6)。日本以外のアジアでは、シンガポールの政府系皮膚科専門病院であるNSC(National Skin Centre)の職業性皮膚疾患の臨床と疫学の調査が有用です7, 8)。わが国では、昨年、産業医科大学皮膚科でホームページ「職業性皮膚疾患ナビ」が立ち上げられ、化学物質による職業性皮膚疾患の発生状況を迅速に把握できる体制が構築されており、その有用性が期待されます。
前回9)と今回の調査結果を基に、これが全てではありませんが、日常よく遭遇する可能性のある職業性皮膚障害のリストを表1にまとめました。このように、職業が関連して起こる皮膚障害・皮膚疾患は意外に多く、意識しないと見過ごしてしまうケースがあります。皮膚障害の原因物質の観点から、職業性皮膚障害を理解しておくことも重要と考えられます。戸倉10)の総説から、産業医学的に重要な化学物質・金属を表2に列挙しました。
職業性皮膚障害は、一般に生命を脅かす例は少ないですが、皮膚障害による作業効率の低下や、症状の悪化による休業などの経済的影響も無視できません。わが国においても、職業性皮膚障害の重要性がよく理解され、より一層の対策が確立されることを願います。
表1 職業性皮膚障害の実態調査のまとめ ー日常みられる職業性皮膚障害
(注1) |
職業性接触蕁麻疹は、多くの文献で職業性接触皮膚炎の1つに分類されているため、蕁麻疹・紅斑類ではなくここに分類した。 |
(注2) |
一般には接触皮膚炎・湿疹群ではないが、接触皮膚炎・湿疹群と同様の機序で生じるケースが多いと思われるためここに分類した。 |
(注3) |
一般には接触皮膚炎・湿疹群ではなく炎症性角化症に分類されるが、慢性型刺激性接触皮膚炎としての性格が強いと考えられるためここに分類した。 |
(注4) |
一般には接触皮膚炎・湿疹群ではないが、荒尾らの報告9)に従い、ここに加えた。 |
表2 化学物質・金属による職業性・環境性皮膚疾患(文献10より)
<参考文献>
1)Pratt MD et al:Dermatitis 15:176-183,2004
2)Rietschel RL et al:Am J Contact Dermat 12:72-76,2001
3)Meyer JD et al:Occup Med 50:265-273,2000
4)Cherry N et al:Br J Dermatol 142:1128-1134,2000
5)Kanerva L et al:Curr Probl Dermatol 23:28-40,1995
6)Jolanki R et al:Contact Dermatitis 47:329-333,2002
7)Goon AT et al:Contact Dermatitis 43:133-136,2000
8)Loh TH et al:Contact Dermatitis 47:166,2002
9)荒尾龍喜,他:日本災害医学会会誌 46:343-352,1998
10)戸倉新樹:皮膚病診療 28:38-42,2006
|