物理的因子
普及TOPへ戻る
研究の概要
職業性皮膚疾患とは
研究課題〔1〕
研究課題〔2〕
研究課題〔3〕
研究報告書等一覧
研究課題[2]
―職業性皮膚障害に対する職場作業環境管理の進め方に関するガイドライン作成―
―理・美容業界をフィールドとして―

理・美容師の皮膚炎症例におけるパッチテストの結果

 パッチテストは貼布試験ともいい、被検物質を皮膚病変のない正常な背部や上腕などに48時間貼布して陽性反応の有無をみる検査で、アレルギー性接触皮膚炎の診断および原因物質の特定の目的でおこなわれます。今回、現在または過去に皮膚炎を起こしたことがある理・美容師の方々にパッチテストを実施し、原因物質について検討しました。
 パッチテストの被験者は、前述のアンケート調査の際に募集し、さらに仙台市内の開業医から紹介された理・美容師の症例も対象とし、平成18年1月〜平成20年3月(夏季除く)に実施しました。

パッチテストの方法

 被検物質は、理・美容師の方々が日常業務でよく使用する製品の他に、表1に示す32種のアレルゲンを使用しました。これらのアレルゲンは、理・美容業で使用される製品に含まれる成分であり、Brial社(ドイツ)、Chemotechnique社(スウェーデン)で市販されている理・美容師向けのアレルゲンシリーズや過去の報告を参考にし、今回検討するアレルゲンを選びました。
 被験者が持参した製品については、適切な濃度・方法に従って実施し、パッチテストの判定の妨げになる刺激反応を可及的に避けるようにしました。

成分名
(アレルゲン)
テスト
濃 度
用 途 入手先
パラフェニレンジアミン(PPD) 1% pet. 染毛剤 自家製
パラトルエンジアミン(PTD) 1% pet. 染毛剤 Brial社
オルトニトロパラフェニレンジアミン(ONPPD) 1% pet. 染毛剤 Brial社
メタアミノフェノール(MAP) 1% pet. 染毛剤 Brial社
パラアミノフェノール(PAP) 1% pet. 染毛剤 Brial社
レゾルシン 1% pet. 染毛剤 Brial社
ピロガロール 1% pet. 染毛剤 Brial社
過酸化水素水 3% aq. 脱色、酸化剤 自 院
過硫酸アンモニウム 2.5% pet. 脱色剤 Brial社
ハイドロキノン 1% pet. 脱色剤 Brial社
モノエタノールアミン 2% pet. アルカリ剤 Brial社
チオグリコール酸
アンモニウム(ATG)
1% pet. パーマ液 Brial社
モノチオグリコール酸
グリセロール
1% pet. パーマ液 Brial社
システアミン塩酸塩(CHC) 1% pet. パーマ液 自家製
コカミドプロピル
ベタイン (CAPB)
1%
EtOH/aq
界面
活性剤
Brial社
香料ミックス 8% pet. 香 料 Brial社
成分名
(アレルゲン)
テスト
濃 度
用 途 入手先
ペルーバルサム 25% pet. 香 料 Brial社
ホルムアルデヒド 1% aq. 防腐剤 Brial社
クロロアセタミド 0.2% pet. 防腐剤 Brial社
ケーソンCG 0.01% aq. 防腐剤 Brial社
ブロノポール 0.5% pet. 防腐剤 Brial社
クロロクレゾール 1% pet. 殺菌剤 Brial社
クロロキシレノール 1% pet. 防腐剤 Brial社
イミダゾリジニルウレア 2% pet. 防腐剤 Brial社
クオタニウム15 1% pet. 脱色剤 Brial社
ジアゾリジニルウレア 2% pet. 防腐剤 Brial社
ジンクピリチオン 0.1% pet. 抗菌剤 Brial社
硫酸ニッケル 2.5% pet. 金 属 Brial社
塩化コバルト 1% pet. 金 属 Brial社
チウラムミックス 1% pet. ゴ ム Brial社
パラアミノアゾベンゼン(PAAB)* 1% pet. 染 料 Brial社
赤色225号
(R-225)*
1% pet. 化粧品色素 Brial社
pet.:白色ワセリン aq.:水 EtOH:エタノール * 理美容製品には含まれないが、PPDに交差反応を示す。

パッチテスト被験者63名の背景

 パッチテスト被験者63名の内訳は、理容師10例、美容師53例でした(図1)。男女比は1:2.5と女性に多く、年齢層でみると20代に最多でした(図2)。
 皮膚炎の部位をみると、手に限局している例が35例、手だけでなく前腕に波及している例が28例でした(図3)。皮膚炎の重症度を3段階に分けると、乾燥を主体とする軽症例が10例、紅斑・丘疹・小水疱など湿疹性変化の強い重症例が30例、その中間が23例であり、やはり重症例を多く認めました(図4)。

図1
図1 パッチテスト被験者の内訳(理・美容の別)

図2
図2 パッチテスト被験者の男女別年齢分布

図3
図3 パッチテスト被験者の皮膚炎の部位

図4
図4 パッチテスト被験者の皮膚炎の重症度

アレルギー性接触皮膚炎の診断

皮膚炎が重症であるほど、アレルギー性接触皮膚炎の割合が高い

 パッチテストで何らかの製品・成分に陽性反応を示し、アレルギー性接触皮膚炎であると診断できたのは63例中54例でした(図5)。皮膚炎の重症度別にみると、アレルギー性接触皮膚炎の割合は重症になるほど高くなり、重症のグループでは100%に達しました(図6)。

図5
図5 パッチテスト被験者におけるアレルギー性接触皮膚炎の割合

図6
図6 パッチテスト被験者の皮疹の重症度別にみたアレルギー性接触皮膚炎の割合

パッチテスト成績

パッチテスト陽性率が最も高い製品は、酸化染毛剤(第1剤)
成分パッチテストでは、染毛剤成分であるパラフェニレンジアミンの陽性率が最も高く、7割を超える


 パッチテスト陽性率のグラフを図7にお示しします。施行例数が少なかった製品、陽性率が4%以下のアレルゲンは省いています。
 最も陽性率が高かった製品は、酸化染毛剤(第1剤)で66.1%、次いでパーマ液第1剤が44.4%、シャンプーが41.0%でした。アンケート調査で皮膚炎の原因・悪化因子として挙げられたのは、シャンプー、パーマ液、染毛剤の順に多いですが、これまで数々の報告があるように1-12)、アレルギー性接触皮膚炎の原因としては染毛剤が最も重要です。おそらく刺激性の皮膚炎を含めると、シャンプーやパーマ液が原因・悪化因子である例が多いのではないかと考えられます。
 今回準備した32種類のアレルゲンでおこなった成分パッチテストの結果、最も陽性例が多かったのは、染毛剤成分であるパラフェニレンジアミンで、51例中38例(74.5%)が陽性を示しました。パラフェニレンジアミンは、製品別で最も陽性率の高かった酸化染毛剤(第1剤)の代表的な成分で、理・美容師のアレルギー性接触皮膚炎における最も重要なアレルゲンであり、詳細については考察で述べます。パラフェニレンジアミンにアレルギーがある場合、この物質に化学構造が類似した他の物質にも反応を起こすことがあり、これを交差反応と呼んでいます。パラアミノアゾベンゼンと赤色225号は、染毛剤成分ではありませんが、パラフェニレンジアミンとの交差反応が報告されているため、今回一緒にテストしています。パラアミノアゾベンゼンは74.0%、赤色225号は40.0%と、これらも高い陽性率を示しました。
 他の染毛剤成分は、パラアミノフェノールが9.8%、パラトルエンジアミンが7.8%と続き、パラフェニレンジアミン以外に目立って高いものはありませんでした。しかし、過去の報告では、パラトルエンジアミンが45〜60%前後、パラアミノフェノールが30〜40%前後といずれも高い陽性率であり、これらの物質もパラフェニレンジアミンに次いで感作性が高いことが言われています8)。今回、過去の結果と陽性率が大きく異なったのは、染めるカラーの流行の違いにより、染毛剤成分の使用頻度が異なっていることが理由の1つとして考えられます。
 染毛剤以外の成分では、界面活性剤として使用されるコカミドプロピルベタインが42.0%と最も高い陽性率で、パーマ液成分であるシステアミン塩酸塩が18.0%、金属製品に含まれるニッケルが17.6%、脱色剤に使用される過硫酸アンモニウムが14.0%、香料のアレルゲンである香料ミックスが10.0%、ゴム製品のアレルゲンのマーカーであるチウラムミックスが10.0%と続きました。以下、主なアレルゲンについて述べます。
 コカミドプロピルベタインは、天然成分を原料とした界面活性剤で、主にシャンプーに多く使用されており、今回被験者が持参したシャンプーの約4割が、この成分を含有していました。コカミドプロピルベタインによるアレルギー性接触皮膚炎の報告は、わが国ではまだ少なく、5例(うち理・美容師の症例は3例)のみです13-16)。この成分は、一般消費者向けのシャンプーにも含まれていますが、理・美容師の場合は、頻回の洗髪などによる皮膚のバリア機能の低下が基盤にあるため、一般消費者より感作されやすい状態にあります。理・美容師において今後注意していくべきアレルゲンの1つと考えられます。
 パーマ液成分で最も陽性率が高かったのは、システアミン塩酸塩です。この成分が含まれるパーマ液は、2001年4月から実施された化粧品の規制緩和に伴い、化粧品として販売されており、従来の医薬部外品のパーマ液と区別してカーリング剤と呼称されています。システアミン塩酸塩によるアレルギー性接触皮膚炎の報告例は、われわれの調べ得た限り海外で美容師の症例が2例報告されているのみです17, 18)。わが国では、まだ報告はされていないものの、この物質に感作されている美容師が多く存在する可能性があります。
 ニッケルは、金属アレルギーの原因として重要であり、メッキ、装身具、硬貨などに含まれ、日常生活においてもアレルゲンとなりやすい金属です。汗で溶出しやすいため、ニッケルアレルギーの症状は夏に悪化します。今回のパッチテストでは、硫酸ニッケルを使用して検討しました。理・美容師におけるニッケルのパッチテスト陽性率は、欧米において高く、26%であったとの報告があります19)。わが国で検討された報告では1, 3, 6, 7, 11)、陽性率は10%以下と低く、理・美容師における職業性のアレルゲンとしてはあまり重視されていない向きもありますが、業務上金属製品に接触する機会は多いと考えられます。今回ニッケルが陽性であった被験者の中には、夏に皮膚炎の悪化を自覚している例があったことから、特に汗をかく時期には注意が必要と思われます。
 ゴム製品のパッチテスト用アレルゲンは数種ありますが、この中で一般患者においてチウラムミックスの陽性率が最も高いことから20)、ゴムアレルギーのスクリーニングとして今回チウラムミックスを使用しました。陽性例は10.0%でしたが、ゴム手袋のパッチテストで陽性例はありませんでした。チウラムミックスは合成ゴムの添加剤に感作されている場合に陽性に出るアレルゲンですが、今回、一部の被験者が持参した業務用手袋には天然ゴムのラテックス製のものが多く、むしろ即時型のラテックスアレルギーに注意すべきと思われました。ラテックスアレルギーは、接触蕁麻疹の1種であり、重篤な場合にはアナフィラキシーショックに至ることがあります。医療従事者に多いことが知られますが、美容師での報告例もあります21)。理・美容師では頻度は多くないようですが、注意が必要と考えられます。
 防腐剤・殺菌剤・抗菌剤といった用途で使用される成分の陽性率は、いずれも10%以下でした。このうち、ホルムアルデヒドとケーソンCGは、日本接触皮膚炎学会のスタンダードアレルゲンのリストにも載っているアレルゲンで、防腐剤としての用途がありますが、ホルムアルデヒドは現在わが国の化粧品には使用されておらず、ケーソンCGに関してもリンスオフ製品に少量の使用が許可されているものの、今回理・美容師の持参品の成分を検討したところによると、その使用頻度は少ないようです。理・美容業界において問題となる防腐剤成分は現在少ないと考えられますが、外国製の製品には含まれているものがあるので、使用する場合には注意が必要です。
 パーマ液成分として最も頻用されているチオグリコール酸アンモニウムの陽性率は、6.0%とそれほど高くはありませんでした。チオグリコール酸アンモニウムのアレルギー性接触皮膚炎の報告はありますが3, 22)、刺激が強い物質であるため、主に刺激性接触皮膚炎の原因として重視されます。

図7
図7 パッチテスト陽性率のまとめ
施行例数が少ない製品、陽性率が4%以下のアレルゲンを除く。

理容師・美容師における皮膚炎の原因物質の相違

理容師では、整髪料・スタイリング剤でのアレルギー性接触皮膚炎が多い
パラフェニレンジアミンは、理容師・美容師両者において重要なアレルゲン 理容師では、美容師に比べて香料の陽性例が多い


 アンケート調査で理容師と美容師の皮膚炎の実態に相違を認めたことから、アレルギー性接触皮膚炎の原因物質も両者で異なるのかどうかを検討しました。
 施行例数が少ない製品を除いて理容師と美容師で陽性率を比較したところ、整髪料・スタイリング剤は、美容師で陽性例がなかったのに対し、理容師では66.7%と高い陽性率を示し、有意差が認められました(図8)。理容師に整髪料やヘアトニックなどのヘアケア製品の陽性例が多いことは、以前にも報告されています1, 7)。これは、使用頻度が多いことによるものと考えられますが、理容師が使用する整髪料には感作性の強いものが含まれていることが推測されます。その他、施行例数が少ない製品のうち、理容師ではシェービングフォームの陽性例もみられます。
 各成分の陽性率を、理容師と美容師で比較したグラフを図9にお示しします。理容師は、美容師に比べてヘアカラーをおこなう頻度が少ないとはいえ、パラフェニレンジアミンの陽性率は75.0%と高く、理容師においても重要なアレルゲンです。両者で有意差が認められたのは香料ミックスで、全体の陽性率は10.0%でしたが、理容師では37.5%と高い結果でした。香料ミックスは、8種類の成分を含有する、パッチテスト用に調整されたアレルゲンです。香料は理・美容製品の多くに含まれているため、理容師と美容師の陽性率の差が何に起因するのか明らかに成し得ていませんが、整髪料類において理容師の陽性率が高かったことから、理容師で整髪料の使用頻度が多く、これらに含まれる香料が感作源となっている可能性が考えられます。理容師は、施行例数が少ないため陽性例のないアレルゲンが多いですが、理・美容の業務の相違から考えると、新しいパーマ液成分であるシステアミン塩酸塩、毛髪の脱色剤として使用される過硫酸アンモニウムやハイドロキノンは、現在のところ専ら美容師のアレルゲンであると考えられます。

図8
図8 製品別パッチテスト陽性率

図9
図9 成分パッチテスト陽性率
理容師と美容師の結果を対比して示す。陽性例が2例以下のアレルゲンを除く。

被験者1人あたりのパッチテスト陽性数

アレルギー性接触皮膚炎の原因物質は、複数あることが多い

 理・美容師のアレルギー性接触皮膚炎では、複数の物質に感作されている例が多いことが報告されています4)。今回準備した32種類のアレルゲンでパッチテストをおこない、1つ以上陽性を示した42例のアレルギー性接触皮膚炎例について、被験者1人当たりのアレルゲンの陽性数をみてみると、約4分の3にあたる33例が、複数のアレルゲンに陽性を示しています(図10)。なお、パラフェニレンジアミンと交差反応を示すパラアミノアゾベンゼンおよび赤色225号での陽性は数に含めていません。
 被験者1人あたりのアレルゲン陽性数は、皮膚症状が重症であるほど多くなる傾向がみられました。多くの物質に感作されると当然皮膚炎は重症化していくものと思われますが、皮膚炎がひどい状態が持続することで、バリア機能が壊れた皮膚からさらに新たな物質が侵入し感作されるという悪循環も考えられ、皮膚炎がひどくならないうちに適切に治療すること、早めに対応することは新たな物質の感作を予防するためにも重要と考えられます。
図10
図10 被験者1人当たりのアレルゲン陽性数
成分パッチテストで1つ以上陽性を示した42例についての結果を示す。
(PPDと交差反応を示すパラアミノアゾベンゼン、赤色225号での陽性は数に含めない。)

<参考文献>
1)Higashi N et al:Environmental Dermatology 2:36-39,1995
2)川島 真,他:日本災害医学会会誌 41:99-103,1993
3)松永佳世子,他:皮膚 31:167-175,1989
4)西岡和恵:Journal of Environmental Dermatology and Cutaneous Allergology 1:181-188,2007
5)Kato Y et al:Environmental Dermatology 4:25-29,1997
6)伊藤正俊,他:皮膚 27:510-520,1985
7)永木公美,他:皮膚 27:823-830,1985
8)Xie Z et al:Environmental Dermatology 5:216-222,1998
9)東禹彦:医薬ジャーナル 38:675-686,2002
10)中山秀夫:皮膚病診療 28(増):157-162,2006
11)有巣加余子,他:皮膚 33:382-389,1991
12)曽和順子,他:Visual Dermatology 3:28-29,2004
13)谷口彰治,他:皮膚34(増14):191-195,1992
14)Yasunaga C et al:Environmental Dermatology 7:16-20,2000
15)Hashimoto R et al:Environmental Dermatology 7:84-90,2000
16)Kondo M et al:Environmental Dermatology 9:63-69,2002
17)Marlene I et al:Contact Dermatitis 56:295-296,2007
18)Landers M et al:American Journal of Contact Dermatitis 14:157-160,2003
19)Lynde C et al:Contact Dermatitis 8:302-307,1982
20)Heese A et al:皮膚 34:12-18,1992
21)水足久美子,他:西日本皮膚科 59:345-349,1997
22)山崎玲子,他:皮膚科の臨床 26:405-409,1984
COPYRIGHT