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振動障害
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末梢循環機能障害、末梢神経機能障害に係わる
診断法の問題点

1)末梢循環障害の問題点

末梢循環障害では、初期には寒冷時の手指の冷え、しびれの症状が出現し、次いで、振動曝露をより強く受けている指にレイノー現象が出現するようになる。この白指発作は手指のみの冷却では出現せず、全身に冷えを感じた時に出現する。しかしながら、同じような条件下でも常に出現するとは限らない。発作持続時間は長くても15分以内であり、多くの場合は数分で自然に消退することから、皮膚色の変化の記録として、カラー写真の撮影は稀であり、医師が視認できるケースは極めて稀である。一方、レイノー現象の存在が認められれば、それだけで認定条件を満たすので、虚偽の申告とまでにならないとしても、労働者自身がレイノー現象を理解していないため、結果として虚偽の申告になるケースは多く、また、振動障害に携わる医師の中に安易にレイノー現象が出現していると認めるケースが多いのも事実である。
したがって、レイノー現象の存在の裏付としての傍証を得るために末梢循環機能検査がある。わが国では、安静時および冷水負荷による皮膚温度測定、爪圧迫検査、指尖容積脈波検査等が一般的に行われている。爪圧迫テストは爪床部を10秒間圧迫により退色した色調が回復するまでの時間を計測する方法であり、再現性、客観性に問題が指摘されている。指尖容積脈波検査は流血中の酸化ヘモグロビンの変動から血流状態を推定す方法であり、心臓から末梢までの変化の総和を観察することになる。指尖容積脈波検査の一番の問題点はメンタルな影響をも反映するために再現性がないことである。
客観性があるとされている皮膚温テストにも問題はある。安静時の皮膚温が、人体の末梢ほど着衣量を含めた測定環境条件の影響を強く受けることに由来する問題が存在する。この影響の度合いは振動曝露労働者の方が健常対象者よりも大きい。307号通達では室温条件は20~23℃で安静時皮膚温測定を行うことになっている。室温20℃で測定した値と、23℃での値との間では生理学的に同一条件で測定したことにはならないこと、また同通達では、検査時の着衣量が規定されていないことから、着衣量を少なくすると、高度な末梢循環障害があたかも存在するような皮膚温値になる例が極めて多いことである。ISOでは室温条件は21±1℃、できるだけ無風の部屋で、着衣量は0.7~0.8クロー値の範囲で、上下2枚、靴下着用となっている。
安静時皮膚測定に引き続き10℃の冷水に10分間、片手を浸漬する冷水負荷テストが行われている。この冷水負荷後の皮膚温の回復状態で末梢循環障害の軽重を評価するのであるが、負荷後の皮膚温の回復に及ぼす影響因子として測定室温が高いほど、浸漬前の皮膚温が高いほど、また冷却温度が低いほど、浸漬後の皮膚温の回復は良い。
その評価法は、測定値そのものを用いる方法と回復率で評価する方法がある。反応性を観察する目的の検査であるからして、また皮膚温に影響を及ぼす因子は複雑かつ多くあるので、単純化するためにも回復率で評価すべきであると考えるが、測定値で評価されることが多い。本質的な問題は、レイノー現象の評価に対し敏感度、特異度が低いという点であり、冷水負荷皮膚温テストは寒冷昇圧テストと同じであり、テスト中に一過性の血圧上昇、胸内苦悶等の症状が出現し、高齢化する労働者の検査法としては適切でないことである。一方、この方法は安価で簡便な方法であることから、後述するFSBP%測定に関するオピニオンリーダーの一人であるイタリアのBovenziは皮膚温テストは集団としての評価、つまり事業所単位の健康管理目的の疫学的研究には使えるが、臨床的な個々の症例の症度の決定、レイノー現象の有無の判定には不適であると主張し、この意見には世界的な合意がある。
1994年のStockholm-Workshopで、疫学研究の国際比較を可能にするため、疫学研究上でのレイノー現象の取り扱いについての約束ごとが取り決められた。レイノー現象の確認は以下の3つの条件のどれかに該当する時は、レイノー現象を確認出来たとと取り扱い、それ以外では主訴あるも未確認として取り扱うことが合意された。第1は医師が直接、レイノー現象を視認した場合、第2は本人の手であることが証明できるように顔と同時に撮影された手指のカラー写真で、レイノー現象が確認できた時、第3はFSBP%値がゼロである場合にはレイノー現象が確認できたとして取り扱うことになった。FSBP%とは指のsegmental cooling によるfinger systolic blood pressureの変化の測定のことであり、具体的には5分間、指の血流遮断中に指の基節または中節部を10℃で局所冷却し、冷却直後の指動脈血圧の測定を行う方法である。この値がゼロであれば検査室でレイノー現象が確認できたと取り扱うことも合意された。このWorkshopのまとめを行ったGemneはレイノー現象の診断でFSBP%測定に優る検査法はないと結論づけている。山陰労災病院ではレイノー現象の診断精度を高めるためいち早くFSBP%測定を開始し、その研究結果を1991年に報告している[1]。
日本においても上記の測定法を広める目的で、第一次5ヵ年計画による振動障害分野のプロジェクト研究で、「末梢循環障害の他覚的検査法としての局所冷却による指動脈血圧の変化の測定」の課題でFSBP%の研究を行なった。上記の研究の中間報告は2006年9月6-7日にSwedenのGoteborgで開催された、「2nd International workshop Diagnosis of injuries caused by hand-transmitted vibration 」において、演題タイトル「Diagnosis and prognosis of vascular injuries caused by hand transmitted vibration in Japan」で発表した。発表内容はInt Arch Occup Envion Healthに掲載された[2]。
最終結果は、日本職業・災害医学会会誌[3]に「末梢循環障害の他覚的検査法としての局所冷却による指動脈血圧の変化の測定」として掲載された。平成21年、来日されたスエーデンのGoteborg大学のHagberg教授は、末梢循環障害の診断には、多くの因子が介入する皮膚温を指標とした検査は単純に評価できないので、FSBP%検査のみで行っているとの意見であった。

2)末梢神経機能障害の問題点

振動曝露が生体に及ぼす影響の中で、より早期にみられるのは振動覚の鈍麻と言われている。そのため、予防の観点から振動覚の客観的測定に関する研究がヨーロッパで進んでいる。振動曝露の影響として、早期に人体に表れる変化は振動覚の異常と言われていることから、振動障害の予防の観点から正確に振動覚閾値測定を測定する努力が行われている。現在、わが国における末梢神経機能障害の評価法は、安静時および冷水負荷後の振動覚、痛覚閾値の測定、末梢神経伝導速度検査である。上記項目の中で被検者の恣意が介入する余地のない検査は末梢神経伝導速度検査だけである。
現在、我が国で行われている痛覚閾値、振動掴覚閾値の測定はforce choice methodである。これは、負荷した刺激が認知できたか否かを、その都度、回答させ、最小の刺激強度を求める方法である。この方法に対し、PC制御により、刺激間隔や刺激強度をアトランダムに変化させたり、本当の刺激と偽の刺激を被検者、検者に隠した状態でアトランダムに混在させるする方法等により恣意的な反応を除外し、さらには一定の幅を超える応答にはクレームを付与する等の工夫を行い、より客観性の高い結果を得る工夫がなされている。こういった方法での閾値の測定法をvon Bekesy法と言っている。職業病の認定はできるだけ客観的な評価を求める意味で、von Bekesy法による測定が行われるべきであると考える。
現在、わが国で広く行われている振動覚閾値検査はforce choice methodでのリオン製の振動覚計である。von Bekesy法による測定はHvlab社の振動障害覚計がある。今回の研究ではforce choice methodで測定された振動覚閾値と、von Bekesy法による測定値との比較を行い、force choice methodでの測定はスクリーニングレベルでは認めるが、業務上外判定では、認めないと言えるかどうかの検討を行う。背景として、HvLab社の振動覚計と同等ないし、より優れた性能のvon Bekesy法を採用した振動覚計の開発をリオン社が行っており、近い将来には、国産の装置で測定可能となるからである。痛覚ではvon Bekesy法を採用した痛覚覚計はない。