①非骨傷性頚髄損傷の予防法に関する研究開発(MRI計測による日本人の頚椎部脊柱管および頚髄の標準値の設定)、②MRI計測による日本人の腰椎形態に関する調査研究 (MRI計測による日本人の腰椎部脊柱管および脊髄の標準値の設定)の二つのテーマについて研究をしています。これらのテーマについては、剖検やレントゲン計測によるものは、過去に報告されています。しかし、MRIを用いた正常脊椎や脊柱管、それと脊髄の関係に関する詳細な報告はありません。本研究ではそれらをMRIという低侵襲診断機器を用いて検討しています。すでに、日本人の頚椎部脊柱管および頚髄の標準値を設定しました。今後は胸腰椎形態や脊柱管などの標準値を設定します。
推進している研究課題・研究組織
「MRIによる日本人の脊椎・脊髄形態の研究・開発、普及」
「研究開発組織」
中部労災病院に「勤労者脊椎・脊髄損傷研究センター」を設け、北海道中央労災病院せき損センター、千葉労災病院の医師が分担研究者として、総合せき損センター、北海道大学医学部放射線科の医師が共同研究者として参加しています。
「研究の目的及び意義」
今後、日本では高齢化社会が更に進むことが予想されています。一方、子供や若者が占める割合は更に減少していくことが予想されています。となりますと、高齢者となっても社会の一員として日本の社会を支えるために働かなければならないという状況が予想されます。しかしながら、高齢者の方は若者のように働くことは不可能ですから、労働による障害や疾病の発生を少しでも防ぐことを考えなければなりません。すなわち、高齢者に可能な労働の程度、種類を科学的に証明し、労働環境や労働条件の整備を行わなければなりません。このため、健常者における頚部脊柱管狭窄症、胸腰椎変性や圧迫骨折など加齢に伴う変化の頻度と程度を把握する必要があります。これらは「勤労者医療」を診療の柱としてきた私たち「労災病院」が中心となって進めていかなければならないことと考えます。
「研究の特色・独創的な点」
「これまでに行った研究状況」
21年度までの研究実績及び成果
神経症状のない各年代の正常者約1,200名に対して頚椎を調べて、以下の4つのデーターを得ました。
(1)MRIの計測を行い、脊柱管前後径・硬膜管前後径(脊髄が入っている容器の大きさ)、脊髄前後径・脊髄面積(脊髄の太さ)、硬膜内脊髄占拠率(容器に占める脊髄の割合)の加齢による変化を検討しました。その結果として、脊柱管前後径、硬膜管前後径、脊髄前後径、脊髄面積は加齢とともに小さくなりますが、硬膜内脊髄占拠率は加齢とともに大きくなります。これらの結果は、高齢労働者では、頚部脊柱管狭窄症となっている人の数が増えることを示します。また、頚髄の神経学的所見(運動能力)としての「手指10秒テスト」及び「10秒足踏みテスト」の加齢による変化を検討しました。その結果として、加齢とともに低下することが明らかとなりました。これらの結果は、高齢労働者では、手足の運動機能が低下していることを示しています。
(2)頚椎の発育性脊柱管狭窄(生まれつきの脊柱管狭窄)のMRI上の定義を決めました。発育性脊柱管狭窄については、これまでに単純X線での定義はありましたが、MRIでの定義はありませんでした。そこで、矢状断(縦切り)MRIにて、脊髄第5頚椎体中央の高さで脊髄占拠率(脊髄前後径/硬膜管前後径)を計算したところ、58.3±7.0(平均値±標準偏差)%でした。これらのデーターを元に、発育性脊柱管狭窄のMRI上の定義を脊髄占拠率にて67%以上としました。この定義によれば、約13%の人が該当しました。
(3)無症状でも、脊髄の圧迫所見を数%の人に認め、さらに輝度変化(脊髄の変性変化)を2%に認めました。これらの変化も加齢とともに増加します。
(4)椎間数変性(椎間板の老化、椎間板の突出、など)も加齢とともに数・質ともに増加することが明らかとなりました。
これまでの検討から、加齢とともに硬膜内脊髄占拠率が大きくなって脊髄に余裕がなくなること、運動神経機能も低下することが明らかとなりました。この結果は、高齢労働者では、頚部脊柱管狭窄が存在し、頚椎の過進展による業務上の非骨傷性経髄損傷をひき起こす可能性が若年者に比べて高いこと、及び手足の運動機能が低下している可能性が高いことを示しています。
今後、高齢労働者における頚部脊柱管狭窄症の実態を解明し、頚髄損傷の予防法及び就業継続の可能性を検討する必要があると考えます。
「全体計画及び目標」
21年度までの研究実績及び成果
前に述べましたように、頚椎に関しては、MRIによる「頚椎ドック」を中部労災病院にて行いました。現在は頚椎と同様に、MRIによる「腰椎ドック」を中部労災病院で立ち上げました。「腰椎ドック」にて、健常者の腰椎MRIとレントゲン写真単純を被験者の基本的データー(身長、体重、職種、業務内容、理学所見など)と共に集積しています。それら画像および基本的データーの計測、検討を行っています。年齢は20歳代~70歳代までを対象とし、各10歳代ごとに男女それぞれ100例ずつ、1200例の例数を目標としています。これらのデーターの解析にて日本人の腰椎形態・腰椎脊柱管と脊髄の年代別の標準値を設定します。
「その他」
21年度までの研究実績及び成果
頚椎部の脊柱管狭窄症が発見された場合、現在有効な薬物療法、リハビリテーションはありません。早期発見・早期手術がすべてです。脊柱管を拡げる手術(脊柱管拡大術・椎弓形成術)は一般の方が想像してみえるよりも低侵襲の手術です。中部労災病院における平均手術時間は1時間半、出血量は100 mlです。手術後、翌日に離床し、2週間後に退院となります。