背骨が折れたり、脱臼したりする脊椎損傷の治療に関しては、近年は手術の方法や器具が著しく進歩しました。しかしながら、脊髄にキズがついた脊髄損傷の治療に関しては、ドラマチックな進歩は得られていません。すなわち、脊椎損傷の治療結果は進歩しても、脊髄損傷の治療結果は昔と変わっていません。
脊髄損傷のリハビリテーションは失われた機能を回復させることではありません。神経が再生しない以上、現在の医学では不可能です。リハビリテーションの目的は、「残された機能をいかにして使い、日常生活動作(ADL)を可能にするか」という点にあります。このため、脊髄損傷後に残った機能を評価し、これに合わせてゴール設定をして、リハビリテーションを行っています。
第3頚髄節以上の麻痺 →人工呼吸器使用、全介助
第4頚髄節の麻痺 →電動車イス、全介助
第5頚髄節の麻痺 →電動車イス、全介助あるいは普通車イス、全介助
第6頚髄節の麻痺 →普通車イス、部分介助
第7頚髄節の麻痺 →普通車イス、小介助
第8頚髄節以下の麻痺 →普通車イス(自立)
社会復帰も残った機能が大きく影響します。このため、環境のバリアフリー化や雇用の確保など、単なる患者さん個人の問題や医療の問題ではなく、社会全体の問題となります。
最近、あらゆる分野で再生医療が注目されています。脊髄損傷に関しても、骨髄や神経の幹細胞を用いた神経再生の研究がなされています。動物実験ではある程度の効果が報告されていますが、人体に応用し治療に役立つには、まだかなりの時間がかかるものと考えます。
一方、失われた運動機能を補助する研究が二つ行われています。一つは、体にフレームを取り付け、歩行等の運動を可能にしようというものです。すなわち、SFアニメに登場する人間が乗り込んで操るロボットのようなものを想像してください。もう一つは体外から神経に直接電気刺激を与え、麻痺した筋肉を動かそうというものです。後者はすでに装具のような形のもので、実用化が始まっています。
脊髄損傷の予防に関しては、「ケガに合わないこと」が最も重要です。これに関しては、住宅環境や労働環境などの社会環境の整備や、交通機器の進歩や改良など、単に医療だけの問題ではなく、社会全体の問題となります。
一方、医療だけで解決できる予防手段として、「脊髄損傷となりやすい人を早期発見する」という方法があります。本邦では頚椎部での脊髄損傷が多く、さらに増加し続けています。なかでも、高齢者の非骨傷性頚髄損傷が増加し続けています。このため、頚椎部の脊柱管狭窄症を早期発見することが重要と考えます。既に一部の病院では、人間ドックのオプションとして「脳ドック」以外に「頚椎ドック」が行われています。
そこで、私たち「独立行政法人・労働者健康福祉機構」は労災疾病等13分野研究の一つとして「せき椎・せき髄損傷分野研究」を立ち上げました。これまでに、研究テーマとして、「頚椎ドック」を行うときの基本データーとなる「MRI計測による日本人の頚椎部脊柱管および頚髄の標準値の設定」をすでに行い、現在では広報活動に努めています。