独立行政法人労働者健康安全機構 研究普及サイト

  • 文字サイズ小
  • 文字サイズ中
  • 文字サイズ大
働く女性の健康
ホーム » 働く女性の健康 » 過去の研究の目的及び概要 »
女性の深夜・長時間労働が精神的および内分泌環境に及ぼす影響に関する調査研究

女性の深夜・長時間労働が精神的および内分泌環境に及ぼす影響に関する調査研究
主任研究者 宮内文久 愛媛労災病院副院長

目的

ヒトが外界からの刺激(たとえば病原微生物やウィルスの侵入など)や生体内部での変化(たとえば体温や血圧の変動など)に遭遇すると、ヒトは恒常性を維持するために刺激や変化を打ち消すような働きを自律神経系や内分泌系を介して起すことになります。そこで、日内リズムを指標としてその変化を観察すると、生体が外界からの刺激をストレスと感じて反応しているかどうかを知ることができます。そのため、今回の研究では(1)日内リズムの標準像を確立し(標準像と比較することによって、交替勤務や夜間労働がストレスかどうかを判断することが可能となります)、(2)夜間労働時の日内リズムを観察し(このことによって、準夜勤務から深夜勤務へあるいは深夜勤務から準夜勤務へなど交替勤務のあり方を検討する際の情報を提供することが可能となります)、(3)以上の観察結果より日内リズムの変化やホルモン濃度の変化が労働強度の評価になりうるかどうかを検討することを目的とします。また、(4)唾液がこれらの観察の検体として有用かどうかを合わせ評価することも目的とします。
これまでに夜間勤務が視床下部・下垂体・卵巣系や交感神経・副腎髄質系に及ぼす影響を検討してきましたが、今回は視床下部・下垂体・副腎皮質系に及ぼす影響を検討することとしました。

これまでに得られた観察結果

これまで夜間交代勤務に従事する看護師には不規則な月経周期の出現率が高く(図1)、夜間労働時には血中メラトニン濃度が減少することを確認しました(第53回日本職業・災害医学会―大阪―2005年11月)。また、夜間労働時には血中ドーパミン濃度と血中ノルアドレナリン濃度が減少し、血中アドレナリン濃度が増加することも観察しました(第2回国際ストレス学会―ブダペスト―2007年8月、第20回アジア・オセアニア産婦人科学会―東京―2007年9月、第56回日本職業・災害医学会―東京―2008年11月)。さらに、夜間労働に伴い血中メラトニン濃度のみならず血中プロラクチン濃度も減少し、血中コルチゾール濃度も減少することを合わせて観察しました(第90回アメリカ内分泌学会―サンフランシスコ―2008年6月)。


(図1)

今回得られた観察結果

(1)日内リズムの検討

 5歳~35歳の男性看護師と、25歳~35歳の規則的な月経周期を有する女性看護師(月経開始後6~10日目)とを対象として、8時から翌日の8時まで2時間ごとと17時に血液と唾液を採取し、高速液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせて(LS-MS/MS法)、コルチゾール、コルチゾン、DHEA、DHEA-S、テストステロンなどの濃度を測定しました。
コルチゾール、コルチゾン、DHEA、DHEA-S、テストステロンはともに朝8時に最高値を示し、昼間に減少する日内リズムを示しました。この日内リズムは血液中でも唾液中でも同様でした(図2)。また、男性の日内リズムは女性で観察した結果(第91回アメリカ内分泌学会―ワシントンDC―2009年6月)と同様でした(図3、4)。


(図2)


(図3)


(図4)

(2)昼間勤務と準夜勤務の影響

25歳~35歳の男性看護師と、25歳~35歳の規則的な月経周期を有する女性看護師(月経開始後6~10日目)とを対象とし、昼間勤務の勤務前後、準夜勤務の勤務前後、深夜勤務の勤務前後に血液と唾液を採取し、コルチゾール、コルチゾン、DHEAなどの濃度を測定し、日内リズムの測定値と比較検討しました。
昼間勤務と準夜勤務では、コルチゾールやコルチゾン、DHEAの血液濃度や唾液濃度には勤務前および勤務後ともに変化を観察することはできませんでした。

(3)深夜勤務の影響

25歳~35歳の男性看護師においては、深夜勤務でも昼間勤務や準夜勤務と同様に、コルチゾールやコルチゾン、DHEAの血液濃度や唾液濃度は正常の濃度と同様でした。
一方、25歳~35歳の規則的な月経周期を有する女性看護師(月経開始後6~10日目)においては、深夜勤務1日目の勤務終了時にはコルチゾールやコルチゾン、DHEAの血液濃度や唾液濃度は正常の濃度と同様でしたが、深夜勤務2日目の勤務開始時にはコルチゾールやコルチゾン、DHEAの血液濃度や唾液濃度は正常の濃度より優位に高値を示しました。ところが、深夜勤務2日目の勤務終了時にはコルチゾールやコルチゾン、DHEAの血液濃度や唾液濃度は正常の濃度とほぼ同様の濃度に復していました。
一般的に労災病院群では看護師は数日間の昼間勤務を続け、休日を1日挟み2日間の深夜勤務、ついで2日間の準夜勤務、その後再び休日を1日挟み数日間の昼間勤務に従事するのが標準的な勤務パターンであることから、血液中のコルチゾール濃度を代表として勤務前後の変化を標準的な勤務パターンに当てはめて図5に示しました。このように、日内リズムは深夜勤務2日目には明らかに変化しており、深夜勤務1日目の終了時あるいは深夜勤務1日目の勤務中から日内リズムが変動しているのではないかと推測しています。


(図5)

 

深夜勤務に対する女性看護師と男性看護師の反応性の差を血液中のコルチゾール濃度を図6に、唾液中のコルチゾールの変化を図7に示しています。深夜勤務に対する反応性の差は女性と男性で明らかであり、深夜勤務に対する適応力の性差を観察することができました。


(図6)


(図7)

これからの研究計画

深夜勤務により血液と唾液中のコルチゾールやコルチゾン、DHEA濃度の日内リズムが変動・消失することを観察した結果から、以下の実験を計画しています。
(1) この現象は女性看護師にのみ観察することができ、男性看護師には観察することはできなかったことから、女性看護師と男性看護師の観察対象者を増やして、客観性を高めたいと考えています。
(2)女性看護師に観察することができた深夜勤務時のホルモン濃度の変化が準夜勤務には通常のホルモン濃度に復していることから、深夜勤務後の変化を継時的に観察していきたいと考えています。

 以上の検討により
(a) 深夜勤務が日内リズムに及ぼす影響
(b) 深夜勤務に対する適応力の性差
(c) ホルモン濃度の測定が労働強度の指標として有用かどうか
が明らかになると考えます。

本研究の独創点

  1. 唾液と血液中の副腎皮質ホルモン濃度を労働環境下で測定、比較検討した報告は未だ実施されていません。
  2. 女性では深夜・夜間勤務により副腎皮質ホルモン濃度の日内リズムが消失するとの報告は未だ実施されていません。
  3. 深夜・夜間勤務による日内リズムの消失から回復までの時間経過を明らかにした報告は未だ実施されていません。
  4. 男性と女性では深夜・夜間勤務に対する適応力に差異があるとの報告は未だ実施されていません。
  5. 唾液中の副腎皮質ホルモン濃度により労働の質を評価出来るとの報告は未だ実施されていません。本研究によって、唾液が生体情報の有用な検体となりうる可能性を提供することが出来ます。