過去の研究の目的及び意義
①中皮腫早期診断システムの確立に関する研究・開発
(目的)
現在の中皮腫の診断の中心である画像診断および胸腔鏡検査について検討し、中皮腫を早期に診断するための方策を提言する。それに加え、血清あるいは胸水などの臨床材料を用いた分子マーカーの検索を行い、早期診断あるいはスクリーニングにおける有用性について検討する。これらを統合した中皮腫診断システムの構築を目標とする。
(意義)
中皮腫は、多くの場合その発見時にはすでに進行病期に達している。また中皮腫は高齢者に発症することが多く、さらにアスベストばく露者は非ばく露者に比べ肺機能が低下している場合が多いため、診断後も胸膜肺全摘術の適応となる症例は限られる。より多くの患者が有効な治療を受けるためにはより早期に肺がんあるいは悪性中皮腫を発見する必要があり、そのためには有効な早期診断法の確立が急務である。今回目標とする中皮腫の効率的な診断システムの構築により、(1)中皮腫診断までに要する時間を短縮し、可及的速やかに治療を受けられるようにする。(2)中皮腫診断の精度が向上し、また各施設における診断精度が均てん化される。(3)早期の中皮腫症例の割合が高まることにより、根治手術などの集学的治療の適応となる症例の割合が増すことにより、中皮腫全体の予後の改善に寄与する。などの意義があるものと考える。
- 胸水中のSMRPの測定は、胸膜中皮腫と他の胸水を呈する疾患との鑑別に有用であるとした論文
Experimental and Therapeutic Medicine 1: 313-317, 2010
②胸膜中皮腫に対する治療法の開発に関する研究・開発
(目的)
悪性胸膜中皮腫に対する治療は、手術可能例に対しては胸膜肺全摘術または胸膜切除/剥皮術が行われるが、手術のみでは満足な結果は得られず、化学療法や放射線療法などを組み合わせたmultimodality therapyが試みられている。しかし、いまだ標準的治療法は確立されていない。
温熱療法は、温熱による腫瘍抑制効果だけでなく、抗がん剤との併用により抗腫瘍効果が増大することが知られている。悪性腹膜中皮腫に対する治療法として、腹腔内の灌流による温熱化学療法はすでに多くの報告があり、有力な治療法となっている。胸腔内温熱化学療法は、癌性胸膜炎に対する治療法として試みられてきたが、胸膜をびまん性に進展する中皮腫に対する治療法としての応用が可能である。悪性胸膜中皮腫に対し、これまでに少数ながら本治療法の報告がされており、治療法のひとつとして期待されるが、その安全性に関しては十分に確立されていない。
本研究では、悪性胸膜中皮腫に対する治療法としての胸腔内灌流温熱化学療法の安全性、耐容性を検討することを目的とする。
(意義)
悪性胸膜中皮腫に対する治療法としての胸腔内灌流温熱化学療法の安全性が確立されれば、本疾患に対するmultimodality therapyを行う上でのひとつのmodalityとなりうることが期待される。
③切除不能胸膜中皮腫および腹膜中皮腫に対する化学療法の有用性についての検討に関する研究
・切除不能胸膜中皮腫に対するPemetrexed単剤による維持療法の有用性に関する検討
(目的)
切除不能の胸膜中皮腫に対して、白金製剤+Pemetrexed併用療法に引き続きPemetrexed単剤による維持療法を行い、生存期間の延長に寄与するか検討する。
(意義)
切除不能の胸膜中皮腫に対する標準的治療であるCisplatin+Pemetrexed併用療法は、腫瘍縮小効果として約40%の奏効率が得られるが、生存期間中央値は9.2~12.1か月であり、その効果が十分とはいえない。そこで、生存期間の延長効果を増強する目的で、白金製剤+Pemetrexed併用療法にPemetrexed単剤による維持療法を追加する。。
・腹膜中皮腫に対する化学療法の有用性に関する検討
(目的)
腹膜中皮腫に対して、白金製剤+Pemetrexed併用療法に引き続きPemetrexed単剤による維持療法を行い、生存期間の延長を図る。
(意義)
腹膜中皮腫に対する標準的治療といえる治療法はない。また、腹膜中皮腫は胸膜中皮腫と比べても予後不良な疾患である。切除不能の胸膜中皮腫に対する標準的治療である白金製剤+Pemetrexed併用療法にPemetrexed単剤による維持療法を追加することで、腹膜中皮腫に対する標準的治療の確立の一助とする。
④腹膜中皮腫の画像診断についての研究
(目的)
腹膜中皮腫症例のCT所見を癌性腹膜炎症例と比較検討することにより、腹膜中皮腫に特異的な所見を明らかにする。
(意義)
実地臨床の現場において、腹膜中皮腫と癌性腹膜炎の鑑別診断が十分行われているとは言えない。しかし、中皮腫か否かの鑑別は、治療法の選択のみならず労災補償の対象となるか否かという点でも重要である。中皮腫の診断精度の問題は、免疫染色を含む病理学的な診断に起因する部分が大きいが、CT等の画像診断の診断精度の向上も望まれており、鑑別のための診断基準も必要である。
⑤大田区石綿工場にかかる近隣ばく露と職業性ばく露の関与についての調査研究
(目的)
大田区に以前存在した石綿工場周辺住民への石綿ばく露の実態を調査し、環境中に飛散した石綿がどの範囲まで影響を及ぼすか検討する。また、周辺住民の胸膜プラークなどの有所見者について、石綿ばく露が職業性ばく露によるか、近隣ばく露によるかについて検討する。
(意義)
我が国における非職業的な石綿ばく露の影響については不明な点が多い。平成18年度に行われた、石綿救済法で認定された中皮腫患者または家族へのアンケート調査では、約40%の回答者が石綿のばく露源を不明としている。この中には意識されていない職業性ばく露も含まれる可能性はあるが、環境ばく露の影響も否定できない。大田区に以前存在した比較的大規模な石綿工場周辺住民の石綿ばく露の実態を調査し、有所見者については職業性ばく露の関与を調査することにより近隣ばく露の影響について知ることは、他の地域においても参考になり、意義があるものと思われる。
⑥石綿小体を形成する蛋白質の分析研究
(目的)
石綿ばく露で肺内に吸入された比較的長い石綿線維はマクロファージ等による異物貪食作用が十分に機能できず、そのまま長期間肺内に残存し、石綿小体を形成する。石綿小体は位相差顕微鏡での観察が可能であることから、石綿ばく露の定量的な指標として臨床的に用いられている。しかし、現時点では、そもそもなぜ石綿小体が体内で形成されるのか、形成された石綿小体自体に何らかの病態的意義があるのか、明らかでない。
石綿小体は亜鈴状の形態をしており、石綿線維の表面にフェリチンやヘモジデリンなどの含鉄タンパク質が付着したものと考えられているが、石綿小体を構成するタンパク質を詳細に検討した報告はない。今回我々は神戸大学大学院医学研究科質量分析総合センターとの共同研究により、質量分析という新しい手法を用いて石綿小体を構成するタンパク質解析を行い、その生理的・病態的意義に関して検討を行うことを目的とする
(意義)
石綿小体を構成するタンパク質を、質量分析を用いて詳細に解析することにより、体内で石綿小体が形成される機序、石綿小体そのものの生理的・病理的意義に関して知見が深まることが期待される。
⑦石綿健康管理手帳を受けている人のデータベース化研究
(目的)
石綿関連疾患は増加しているがその詳細については明らかでない。そこで、全国労災病院で行われている石綿健康管理手帳による健診(手帳健診)受診者のデータベースを作成し、その背景の調査と石綿関連疾患の発生状況を検討することを目的とする。
(意義)
石綿ばく露を受けた労働者には、長年にわたり中皮腫・肺がんなどが発症することが知られており、その健康管理のために、離職後国から健康管理手帳が交付され、労災病院を含む全国の委託医療機関で健康診断が行われている。手帳健診の対象者は石綿関連疾患発症のハイリスクグループと考えられ、全国労災病院における症例をデータベース化することにより、ハイリスクグループの背景と石綿関連疾患の発生頻度がわかる。また、そこで発見された症例を全国労災病院で収集している石綿関連疾患のデータベースと併せて検討することにより手帳健診による発見群の臨床像を検討することができる。
⑧中皮腫、石綿肺がん、良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚の症例のデータベース化研究
(目的)
2000年から2007年末までの8年間に全国労災病院で診断・治療した中皮腫症例おいて職業性石綿ばく露率が84%、中皮腫の生存期間が11ヶ月であると報告したが、2008年から5年間の職業性石綿ばく露率と生存期間の比較検討を行い、診断及び治療にどの程度変化が起こったかを検証する。また、診断が困難な良性石綿胸水については新たな診断基準の項目について調査する。さらには、びまん性胸膜肥厚と石綿肺ついては、診断方法と臨床経過について新たに研究を開始する。石綿関連疾患については、各項目をデータベース化して、比較的稀有な疾患の臨床的特徴や各疾患に罹患する職種等についても検討する。
(意義)
中皮腫については、新たな治療方法の開発に寄与する。石綿肺がんについては、画像上の特徴と肺内石綿小体数の算定意義を述べる。良性石綿胸水については1982年のEplerらの基準以来の診断基準の提唱を行う。石綿肺については、類似他疾患との鑑別点を明確化する。また、びまん性胸膜肥厚については、その成因としての良性石綿胸水との関連を明らかにするとともに臨床経過と治療法について新たな知見を得る。
- 石綿肺がん症例の臨床データを解析した論文
Cancer Sci, 101:1194-1198, 2010 - 2005~2007年の労災病院で診断治療を行った105例について、その臨床的な特徴をまとめた論文
Cancer Res Clin Oncol 136:1755-1759, 2010 - 2003~2005年の間に全国で死亡し、中皮腫であると確定診断出来た442例の臨床像と職業性石綿ばく露について言及した論文
AMERICAN JOURANAL OF INDUSTRIAL MEDICINE 53:1081-1087, 2010
⑨石綿肺患者におけるIgEおよびIgG4の役割と吸入アテロイド療法の意義に関する研究
(目的)
石綿肺においては,しばしば,鎮咳剤抵抗性の咳嗽を認めるが,吸入ステロイドが有効である症例も経験する。一方,石綿ばく露が,IgE産生を促進することやアレルギー性疾患の発症因子となることが報告されている。また,近年,注目されているIgG4関連肺疾患の一つである後腹膜線維症や胸膜線維症の発症因子として,石綿ばく露が挙げられており,IgG4関連疾患が,アレルギー疾患におけるTh2反応有意に対する制御性Tリンパ球の過剰反応という仮説と合わせると,石綿ばく露は,アレルギー性疾患の合併を介して,IgG4関連疾患の発症因子となる可能性も推定される。
本研究においては,石綿肺における慢性咳嗽に対する吸入ステロイドの有用性およびアトピー素因,IgG4関連疾患の合併頻度を明らかにするために,多施設前向き研究を行うことを目的とする。
(意義)
石綿肺においては,通常の鎮咳剤抵抗性の咳嗽を認める場合が多く,それに対する吸入ステロイドの有効性が検証されれば,石綿肺患者にとって大きな恩恵となる可能性がある。
また,石綿肺におけるアレルギー性疾患の合併率や一般的なアレルゲンに対するRAST陽性率が明らかにされれば,吸入ステロイドの有効性の理論的裏付けが得られる。
石綿肺における血清IgG4値やIgG4関連疾患の合併頻度の検討は,近年,注目されているIgG4関連疾患の発症機序や病態の解明に寄与する可能性が期待される。
⑩石綿関連疾患の石綿小体・繊維の肺内分布に関する研究
(目的)
石綿肺は両側下肺野外側から内側上方に進展してゆくことが知られているが、石綿肺がんの発生部位は必ずしも下肺野に限らないなど、疾患別に石綿小体あるいは繊維の分布や繊維の種類によってその分布が異なることが予想される。そこで、石綿肺、石綿肺がん、中皮腫症例の肺内石綿小体あるいは繊維の種類と肺内分布について研究する。
(意義)
各疾患(石綿肺、石綿肺がん、中皮腫)別に石綿繊維の種類に特徴があるかどうか、また、肺の部位(上、中、下葉)別に石綿小体あるいは繊維の分布に一定の傾向があるかどうかについて、新たな知見を得ることができる。特に、石綿肺がんの発生と石綿小体・繊維の量と質に一定の関連があるかどうかについて検討ができる。さらには、石綿の種類別に石綿小体と繊維の分布に相違があるかどうかについても検討できる。
⑩石綿関連疾患の石綿小体・繊維の肺内分布に関する研究
(国内外の研究状況)
石綿肺がんの発生部位別では、一定の傾向はないと報告されているが、発生部位における石綿小体あるいは繊維の分布あるいは種類とがんの発生に関係した報告はない。また、中皮腫や石綿肺についても同様の調査報告はない。
(特色・独創的な点)
日本人における石綿肺がん、中皮腫についてその原因となる石綿の種類とともに発がんが石綿小体・線維の多い箇所なのか、異なるものかが明らかとなる。