知っておきたい腰痛の知識3 季刊ろうさい_VOL.7 P24-29 掲載
正しい姿勢と私の勧める腰痛体操
1 はじめに
腰痛の多くは、原因疾患が特定しきれない非特異的というトリアージに含まれるものがほとんどであることについてはすでに説明しました。これも前回触れましたが、得に慢性腰痛(慢性非特異的腰痛)は、身体的・器質的な問題だけでなく、重要な予後規定因子である心理的ストレスや働きがいの低さなどといった心理・社会的な側面の問題が多かれ少なかれ絡んでおり、日常生活や仕事への支障の程度も勘案すると、多次元の問題が1人の患者さんに潜在している症候群であると認識しなければなりません。例えば、画像から得られる椎間板変性が原因であると決めつける態度は好ましくありません。
このように病態も曖昧なうえ、残念ながらいまだ腰痛の予防に関しても、慢性腰痛の治療に関しても、優れた確実な方法は確立されていません。日常漠然と行われがちな温熱/冷却、索引、レーザー、超音波、短波、干渉波、TENS、マッサージ、コルセットなどの受動的治療に関しては、慢性腰痛の治療としてその有用性が示されているとは言えないことから、このような治療を漠然と続けることは推奨されません。また、腰ベルトを含むコルセットは予防として使用されがちですが、その有用性は予防にも治療にも否定的とされています。
このような現状の中、運動療法は予防も慢性腰痛の治療にも有益な可能性があるとされています。今回は、腰に負担のかからない良い姿勢に関し概説した上で、私が薦める運動療法(腰痛体操)について、予防用と腰痛がなかなかよくならない場合のメニューに分けて紹介します。
2 良い姿勢と腰痛予防としてのこれだけ体操
まず図1をご覧ください。これは重い頭を支えている脊椎のシェーマですが、図にあるような、なだらかなS字カーブが理想的と言われています。このカーブのバランスがくずれる猫背や反りすぎでの姿勢や動作は腰痛の要因になりうります。つまり、正しく自然なボディメカにクスを身につけることは意義があると考えています。
図1 自然かつ理想的な背骨(脊椎)のカーブ
(文献1)より引用)
それでは、具体的な対策について説明します。
デスクワーク(VDT作業)が中心の方には、ご自分が最もリラックスできる机と椅子の高さのバランスに調整させましょう(図2C)。不良な高さでのVDT作業は疲労を蓄積させます。猫背(図2A)にならず腰によい姿勢(図2B)を維持するには、椅子の背面にバックサポートを自分にとって楽な位置に装着し、これに寄りかかるよう指導するとよいでしょう(図2C)。ついでに肩こり対策としては、椅子の肘立てや机に前腕をできるだけのせた状態で作業をするとよいのでは?
と考えています(図2C)。また、連続作業時間は1時間を越えないよう努め、1時間経ったら図3にある忙しい合間の腰痛予防のこれだけ体操(反る体操)を行うよう指導しましょう。
介護・看護や荷物の運搬に携わっている方も、前かがみ姿勢が続いたり移乗や挙上動作後に、腰の痛みや違和感を感じた時は、直後に「これだけ体操」(反る体操:図3)を習慣化させましょう。動作時の基本体制は、少しだけ胸を張る感じで重量上げ選手がバーベルを持ち上げる時の姿勢をイメージさせたPower positionを徹底させるとよいことは前回(VOL.6、31頁の図6参照)提示しました。これが習慣化できれば、腰ベルトは飾りになります。
一方、販売員など女性がハイヒールを履いて立つと、良い姿勢の維持が難しく腰が反り過ぎになることがあります。ヒールの高さが変わっても、下腹部を意識することにより、自分の腰の反り具合と骨盤の傾きを調整する週間をつけるよう指導しましょう(図4)。もし、立ちっぱなしでいて痛くなったり腰に違和感を感じた時には、小休憩を取り、図3の忙しい合間の腰痛予防のこれだけ体操のかがめる体操のほうを行わせるとよいでしょう。
もうひとつ豆知識として知っておいていただきたいことがあります。それはくしゃみや咳をする時の姿勢についてです。くしゃみや咳は、瞬間的に腰に大きな負担がかかり「ぎっくり腰」や「椎間板ヘルニア(VOL.5参照)」を誘発することがあります。その予防手段として、上体を後ろに反らせ気味とし、できたら壁や机、座っていれば机や自分の膝に片手をついて衝撃を和らげるよう指導するとよいでしょう(図5)。
図2 望ましい座位姿勢(文献1)より引用)
図3 忙しい合間の腰痛予防のこれだけ体操
図4 望ましい立位姿勢(文献1)より引用)
耳、肩、股関節中央、くるぶしを結ぶ線がほぼ一直線になるよう意識します。あごは軽く引き、視線を前へ向け、かつ肩の力は抜き左右の高さをそろえます。胸は少し張り、下腹部を引き締める意識を持ちましょう。加えて、頭のてっぺんを上から糸でつられているイメージを持ち背筋を伸ばしましょう。これが、背骨がゆるやかで自然なS字カーブとなる理想の立ち姿です(A)。ハイヒールを履くと、良い姿勢の維持の維持が難しく腰が反りすぎになることがあるので(B)、下腹部をより意識して骨盤の傾きを調整しましょう(C)。ヒールの高さによらず、自然なS字カーブが保てるよう心がけることが肝要です。(A、C)。加えて、理想の立ち姿のイメージを持ったまま、美しく歩く習慣をつけましょう。
図5 くしゃみ咳をするときのコツ
3 腰痛がなかなか良くならない場合のお勧め体操
アセトアミノフェン、NSAIDsといった鎮痛剤や筋弛緩薬の投与、腹筋・背筋を主とする標準的な体操指導、そして前述しましたがエビデンス上推奨されていない受動的な物理療法など、プライマリケアの現場で通常行われる治療を継続しても、改善が乏しい場合を想定した場合に、私が試してみる価値があると考える簡便な体操メニューを紹介します。この方法は、確立された指導者つきの運動療法の一つであるMcKenzie法(mechanical diagnosis andtherapy)に基づいた伸展エクササイズを主軸にしています。現時点では、多次元の問題がある慢性腰痛に対し、運動療法の種類について、何が最も優れるかは明らかになっていませんが、本法はデンマークのガイドラインや北米のSpine Societyの患者向け教育資料(The Backbone of spin:http://www.spine.org/Documents/exercise_2006pdf)では推奨されています。
個々の腰痛によってパターンの違いはあってもメカニカルな要因によるものと判断できる、つまり姿勢・動作と関連がある場合には、その患者にとって適切な腰椎の運動方向(伸展、屈曲など)を選定・提示し、加えてその患者の腰痛の主因となっている不適切な動作・姿勢を一定期間せいげんするようしどうするといったコンセプトのもので、適切な運動方向(directional preference)の選定および指導は、McKenzie協会の認定を受けた理学療法士や医師が行うことが望ましいのですが、ここでは、結果的に適切な運動方向になることが多い伸展エクササイズについて、ある程度マニュアル化したものを提示します。
マッケンジー法に基づいた伸展エクササイズの実際
腹臥位から腕立て伏せをする容量で、上体をゆっくり最大限に反り、数秒保持しながら、腰の力を抜いて息を吐かせます。これを10回繰り返し1セットとします。腰椎の可動性の小さい人や後彎変形がある人に対しては、場合によっては、お腹の下に枕を入れて、その方が可能な範囲で、十分伸展させます。この場合は、保持時間を10秒とします。とにかく、その人なりに、中途半端でなく最大限に反らせる努力をさせることが重要です。最初、あまり反れなくても、めげずに繰り返せば、徐々に反らせる範囲が大きくなっていきます。
最初の1~2週は、1日6セットを目安にホームエクササイズとして課し、仕事場などでうつ伏せになるスペースがない場合には、立位で腰をしっかり反らせる方法で代用させます(図6-A)。図2と図4にある日常の姿勢指導も併せて行なってください。伸展運動中に、神経症状を示唆する痛みやしびれが末梢へ放散する場合は、本エクササイズは適応外と判断し、その時点で中止させる必要があります。ただし、初期の段階で腰部の違和感および痛みが多少強くなっても、下肢への痛みやしびれの放散や移動さえなければ、徐々に楽になるため、続けさせても大丈夫です。改善するかどうかを見極めるポイント,言い換えればこの伸展エクササイズを続けてもらう価値があると判断する徴候として、痛みが軽くなることや伸展可動範囲が大きくなることに加え、centralisation(痛みの中央化)といって、関連通としての殿部および下肢の症状が伴う場合、その痛みやしびれの部位が遠位から腰部に近づく徴候があります(図6-B)。痛みが寛解後は、機能回復を目的とした仰臥位で膝を抱える屈曲エクササイズを、適度に追加させます(図6-C)。
問診により、①起床時に痛い②前かがみ動作や姿勢で痛くなりやすい③座位姿勢で痛くなりやすい④歩いているほうが楽⑤腰を反らさないようにしていた という傾向が一つでもあれば、試してみる価値があると考えています。
複数の筋トレやストレッチなど一般的な指導者にある腰痛体操を指導しても改善が乏しい時に、シンプルなこの伸展エクササイズをトライしてみる価値があると考えています。軽快後の予防としては、特に前屈や座位姿勢後、予兆を感じた後に、前述した腰痛予防のこれだけ体操の反る体操を習慣化させましょう(図3および図6-C)。
図6 筆者が推奨するマッケンジー法に基づく腰痛治療目的の体操例(文献2)より引用)
図6-A 腰を反らせるエクササイズ(治療開始初期:約1~2習慣が目安)
腰を反らせるエクササイズ | |
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腹臥位から、腕の力で上体をゆっくり最大限に反り、①あるいは②の姿勢を保持しながら腰の力を抜いて息を吐きます。痛みが悪化*しない限り、数時間ごとあるいは予兆を感じたときに行います。(*:2-bを参照) | |
①最初は、腰椎の可能性の小さい人向きの姿勢 反った状態を10秒間維持します。(1セット:10回繰り返し) 腰が曲がっていて、これでも大変な方は、お腹の下に枕を入れて、しっかり背筋を伸ばすだけで構いません。 |
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②腰椎の可能性の大きい人向きの姿勢 反った状態を3秒間維持します。 (1セット:10回繰り返し) |
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お仕事場などでうつ伏せになるスペースがない場合は、立位での腰を反らせる体操で代用させてください。 (1セット:3秒間保持、10回) |
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動作や姿勢に依存する慢性腰痛の方で、①起床時に痛い②前かがみで痛い③座っていると痛くなる④歩いていると楽になる⑤腰を反らさないようにしている のうち、該当する項目があれば、腰を反らせるエクササイズをしっかり行うことにより、腰痛が楽になる見込みがあります。初期は1日6セット(起床後、10時頃、昼、3時頃、夕食後、就寝前が目安)行ってみてください。 |
典型的な腰部脊椎管狭窄症に対しては・・・
第1回で、非特異的でなく特異的なものとして、腰部脊椎管狭窄症について解説しました。本症は変性を基盤とするため、高齢で発症することが多く、高齢雇用が増えるであろう我が国では、産業医が相談を受けることも多くなるのではと思われます。
典型的な腰部脊椎管狭 症とは、腰痛ではなく、坐骨神経痛を代表とする下肢症状が、歩行や立位の持続により増強する場合をいいます(VOL.5、25頁-6参照)。その中でも症候として最も頻度の多い片側の神経根症(特に第4/5腰椎が責任高位でL5腰髄神経根症状が多い)に対しては、図7に示した屈曲エクササイズを試してみる価値があります。本法もマッケンジー法に基づいた運動療法です。
図6-B この体操があなたにとって適切かを見極めるポイント
腰を反らせるエクササイズを指導した時、痛みや腰を反らせる範囲の改善に加え、セントラライゼーション(痛みやしびれの中央化:図参照)は、このエクササイズがあなたにとって適切であるというサインです。
*悪化を見極めるポイント
痛みやしびれが抹消(太もも、ふくらはぎや脛に方)に放散するあるいは、腰部から遠位(おしり、太ももの方)に移動する場合は、この体操を中止し、医師か理学療法士に相談してください。
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図6-C よくなってきた後のエクササイズ
症状がだいぶ寛解した後からは、腰の機能をより回復させる目的で、夜だけでもよいので腰を屈めるエクササイズを追加してください(午前中は椎間板の内圧が高まっているため、屈曲のエクササイズは行わないでください)。(①③(朝)あるいは①②③(昼・夜)を11セットとし、これを1日2~3回を目安に行ってください。)
図7 典型的な腰部脊椎管狭窄症
(間欠跛行を伴う片側の坐骨神経痛症状)に対する椅子での屈曲(腰をかがめる)エクササイズ(文献3)より引用)
椅子の下をのぞきこませる(3秒間保持)。
屈んだ時に息を吐くように指導する。
診察後、椅子での屈曲エクササイズを、まず5回行わせ、症状の悪化(下肢症状の出現・増悪、立位での伸展可動域の低下)がないかを確認する。症状が悪化せず、かつ伸展可動域が変化していなければ、さらに5回を1セットとし、3セット行わせる。それでも症状と伸展可動域の悪化がなければ、これをホームエクササイズとする。
(ホームエクササイズ:15回を1セットとし、1日5~6セット)
4 おわりに
日頃、腹筋・背筋も含め自分なりに鍛えていることはとても尊いことであり、それを否定するものではありません。今回、私が提示した内容は、不精な人でも対応可能で職場でもできる簡便な予防体操と、今まで体操を含むいろいろなリハビリ治療をやってきたものの、あまり効果が出ていない人に対して、だまされたと思って試していただきたい治療用の体操について概説しました。ただ、目標は痛みをゼロにすることではなく、ある程度楽になって活動的に過ごしていただくことであることを忘れないで下さい。「まだ痛みは残っているが、だいぶ過ごしやすくなった、ゴルフも再開できた」といったところを最初から目標設定とし、説明・指導することが肝要です。
また、簡便な有酸素運動として定期的なウォーキングを、できれば週2回を目標にストレス解消目的も兼ね薦めるようにしましょう。腰痛対策となる趣味としては、ヨガとアレクサンダーテクニークがお勧めです。これらは、体を動かすだけでなく、自分の内面をみつめる効果もあります。「まだ完全に痛みが良くならない」とこだわる、いわゆる全か無か思考の方は、認知行動療法が必要となります。次回、最終回では、心理社会的側面への対応について解説する予定です。※習慣化された体の不必要な緊張に気づき、それをや めることを学ぶ方法。音楽家、俳優、ダンサーが支 持している方法で、最近英国では慢性腰痛の治療として推奨されるようになった。
参考文献
- 松平浩ほか:知っておきたい腰痛と肩こりの知識 と対策、「心とからだのオアシス」第4巻第2号特集、 pp7-13、中央労働災害防止協会、2010
- 松平浩:骨間接疾患リハビリテーション-Up to date- 慢性腰痛のリハビリテーション Jpn J Rehabil Med 47:282-289,2010
- 松平浩ほか:特集:変形性関節症・脊椎症・診断と治療の最前線- 各論:腰部脊椎管狭窄症を含む変 形性腰椎症の治療 Geriat.Med.48:361-367,2010