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筋・骨格系疾患

知っておきたい腰痛の知識2 季刊ろうさい_VOL.6 P26-31 掲載
我が国における腰痛の有訴率と
「仕事に支障をきたす非特異的腰痛」の危険因子

今回は、私が行なっている腰痛を主とした疫学研究(有訴率や危険因子などを調べる研究:下記参照)から今のところ得られている知見をご紹介します。

我々が行なった疫学調査、文献4)5)より引用

PACE survey 2009.jp
(Pain Associated Cross-sectionalEpidemiological survey)
勤労者を含む国民の筋骨格系関連部位および頭痛や歯痛も含めた疼痛愁訴の実態を明らかにする目的で行われた大規模調査。 2009 年1月にインターネットを用いて全国約148万人から無作為抽出した勤労者を含む20,063人に対して、直近1ヵ月の疼痛状況(痛み部位、強さ、期間、きっかけ、生活や仕事の支障度、医療機関受診の有無)および医療経済的評価の際に基盤となる効用値を算出できる健康関連QOL尺度であるEQ-5D,仕事の業種と内容および勤務形態、勤務時同等を調査した。

JOB study
(Japan epidemiological research ofOccupation-related Back Pain study)
勤労者の腰痛の実態を把握するとともに、特に「仕事に支障をきたす非特異的腰痛」の新規発生および遷延化の危険因子を探索することを主目的とした前向き研究。2005年9月からの半年間、首都圏の多業種勤労者9,307人に対して、腰痛に関する多目的アンケートを行い、ベースラインデータを収集した。同意の得られた5,310人に対して1年後および2年後におけるベースライン時からの作業状況、腰痛状況等について追跡調査を実施した。

独立行政法人 労働者健康福祉機構
「労災疾病等13分野医学研究・開発、普及事業」

1 本邦における腰痛の有訴率と健康関連QOL

まずは、PACE surveyで得られた結果の一部を紹介します。痛みの範囲は、腰痛の疫学調査でゴールドスタンダードである肛門痛を除く図示した肋骨下縁から下殿溝と定義しました。その結果、有訴率は腰、肩、膝の順に高く、軽いものも含めた腰痛の1ヵ月有訴率は25.2%でした。
痛みで最も困っている場所と限定した有訴率も、腰、肩、膝の順に高く腰痛:13.4%)、最も困っているのが腰痛とした人の詳細は、40代、男性で多く、痛み期間が3ヶ月以上、つまり慢性的な人が8割近くを占めていました。そして、腰痛がある人は、腰以外の痛みも抱えている人の方がかなり多いことがわかりました。
勤労者(12,395人)に限ってみても、腰痛の1ヵ月有訴率および最も痛みで困っている人の有訴率とも、全体の有訴率と同等でした(それぞれ25.4%、13.4%)。腰痛のため仕事に支障をきたした人は6.0%(休職を伴った人は1.4%)で、業種別では医療・福祉:8.0%、業務内容別では生産工程・労務作業者:9.5%、が高率な傾向にありました。
EQ-5Dによる効用値(死を0、最高の健康状態を1とする値)は、腰痛はあるが仕事に支障なし:0.82、仕事に支障はあったが休職なし:0.74、休職あり:0.69と、disabilityが強いほど低い傾向にありました。
JOB studyでも、ベースライン調査時直近において、腰痛で仕事に支障をきたしていた勤労者は、PACE survey とほぼ同じ約6% (5.8%、うち休職を伴った人が0.8%)で、業種別では、事務職、営業に比べ看護師や製造業で高率でした。
腰痛の程度ごとのSF-8の身体的サマリースコア(平均値)は、腰痛なし:51.0、腰痛はあったが仕事に支障なし:47.2、仕事に支障をきたしたが休職なし:40.0、休職あり:35.3、精神的サマリースコア(平均値)は、腰痛なし:43.4、腰痛はあったが仕事に支障なし:42.3、仕事に支障をきたしたが休職なし:41.5、休職あり:40.9であり、腰痛の程度(支障度)が高いほど、SF-8の2つのサマリースコア(国民の基準値が50)とも低い傾向にありました。つまり、腰痛を伴いかつ仕事に支障をきたしている人ほど身体的QOLのほうがより顕著ではあったものの、精神的QOLも低下していました。生涯を通じて腰痛歴があったのは75%で、腰痛の初発年齢の平均は28.7歳でした。

まとめは以下のとおりです。

  • 国民生活基礎調査どおり、痛み愁訴の中で腰痛は最も有訴率が高い。
  • 40代働き盛りの男性に、腰痛で困っている人が多い。
  • 勤労者では、医療福祉関係およびmanual workerで仕事に支障をきたす腰痛が多いと思われる。
  • 本邦勤労者の多くは、腰痛経験がある。
  • 腰痛で支障をきたしていると、健康関連 QOLが低下している。

2 仕事に支障をきたす非特異的腰痛の危険因子

1980年代、欧米では腰にかかる負担や椎間板などの構造的異常をどうにかするという考えが主流でした。しかしそれだけでは腰痛で困る人を減らせませんでした。その後、腰痛対策で当たり前のように行われてきた安静臥床よりも、痛みの範囲内で活動維持を推奨する急性腰痛治療ガイドラインがアメリカで公表されたあたりからパラダイムシフトが起こりました。現在、欧米では心理・社会的要因が最も重要な腰痛の予後規定因子として認識されています。
支障度の強い腰痛の慢性化に、仕事上のストレスや不満足感、補償の問題、小児期に虐待された経験などといった心理・社会的要因が影響していることは、経験豊富な臨床医でしたら現場感覚でよく分かっています。欧米ではそのような疫学的な知見が蓄積されてきましたが、我が国では心理・社会的要因にも配慮した前向き研究による検討はほとんど行なわれてきませんでした。文化や国民性によって痛み認識様式や程度は異なるとされており、日本人でも、支障度の強い腰痛に関し、慢性化のみならず新たに発生することにも心理・社会的要因が関与しているのかをリサーチクエスチョンとして前向き研究(JOB study)を行いました

仕事に支障をきたす非特異的腰痛が新規開発することの危険因子

過去に腰痛歴があっても直近の1年間は腰痛がなかった人が、その後の2年間で仕事に支障をきたす腰痛が新たに発生したことの予測因子を調べました。多変量解析で他の要因を調整しても統計学的に有意、つまり強い要因であったものは、過去の腰痛歴、介護を含む持ち上げ動作が頻繁であるという理解しやすい項目に加え、職場での対人関係のストレスが強いことでした。その他、無視できない要因として、仕事が単調なこと、不安感が強い、仕事への適合性が低い、活力がないことが挙げられました。つまり、心理・社会的要因も支障度の強い腰痛が新たに発生することに影響する可能性が示唆されました(図2)。

図2 非特異的腰痛の発生および慢性化の危険因子:本邦での治験
(勤労者の仕事に支障をきたす腰痛にかかわる危険因子 -JOB studyより-)

仕事に支障をきたす非特異的腰痛が遷延(慢性)化することの危険因子

欧米では、仕事の満足度が低いことや恐怖回避の思考、つまり自分の腰に対するネガティブイメージや過度に腰を大事にする意識が慢性腰痛に強く影響しうるとされてきました(知っておきたい腰痛の知識 1図8参照)。
恐怖回避行動は、医療者が「あなたの椎間板はすごく減っているね」「骨の変形が強いね」「骨がずれているね」「分離があるね」「腰痛があったらとりあえず重い物を持っては駄目」「安静にしなさい」といった後ろ向きの説明を医療者がすることで助長されると考えています。腰痛に対する恐怖回避の思考を測定する日本語版の調査票がなかったので、これについては検討できませんでしたが、現在、日本語版を作成中であり(図3)、これについては今後検討するつもりです。
慢性化の解析に関しては、ベースラインですでに腰痛で仕事に支障をきたしていた勤労者が、翌年も3ヵ月以上仕事に支障をきたしていたことの危険因子を調べました。

図3 Fear-Avoidance Beliefs Questionnaire (FABQ)の設問、日本語版案

その結果、多変量解析で他の要因を調整しても統計学的に有意だったものは、仕事や生活の満足度が低いことおよび働きがいが低いことでした。その他無視できない要因としては、勤務体制が不規則なこと、小児期に心的外傷の経験がありそれが今でもストレスになっていること、などがありました(図2)。
もう一つ違う切り口で最近行なった解析結果ですが、直近の1年、仕事に支障をきたさない軽い腰痛があった人が、翌年、3ヶ月以上腰痛で仕事に支障をきたしたことの危険因子としては、介護作業を含む20kg以上の重量物取扱業務をしていること、家族に支障をきたす腰痛既往があったこと、上司からのサポートが低く仕事の満足度が低いこと、そして、めまい、頭痛、首や肩のこり、目の疲れ、動悸や息切れ、胃腸の具合が悪いといった身体化症状が強いことが挙げられました。

得られた知見に関する考察

つまり、仕事に支障をきたす腰痛が新たに発生することにおいても、慢性化することにおいても、人間工学的な身体負荷に加え、ストレス、コーピング、働きがい、身体化といった心理・社会的要因が危険因子でした。これらは、欧米でのエビデンスと矛盾しない結果でした。
さて、なぜ心理・社会的要因が、支障度の強い腰痛が慢性化することにしても新たに発生することにしても影響するのでしょうか?
まず、慢性化に関してですが、人間はメンタルが健康なことが大切であり、最近政策面でも最も力がそそがれています。近年、脳科学によって痛みと快感の反応する脳部位がほぼ一致していること、慢性の痛みおよび抑うつと無快感症は、脳でのドーパミンシステムの不具合が関与していることがわかってきました(図4)。

図4 慢性痛にはドーパミンシステムが関与

このことは、慢性疼痛と心理・社会的な問題に伴うメンタル面の不健康が強く関連しうることを裏付けていると思います。慢性疼痛で最も多いのはなぜか腰痛であり、腰痛単独よりもあちこち痛い人のほうが多いことは前述しましたが、腰痛だけみつめて治療するよりも、全人的に患者をとらえて、認知行動療法的な手法で達成感を積み重ねさせ、楽しい、嬉しい、何かに熱中できる、満足するといったポジティブ思考に変換させることがドーパミンシステムの不具合を解消させ、結果的に慢性痛もメンタルヘルスも改善できるのではと考えています。
一方、新たな発生についてですが、海外でのバイオメカニカルな基礎研究には、心理的ストレスが加わったほうが脊椎への負荷も強くなることを示した報告があります(参考文献7)。具体的には、箱を単純に右左に移動させるより、7桁の数字のある桁とある桁の足し算をして、偶数だったら右、奇数だったら左という心理的ストレスをかけて箱を移動させたほうが腰への負担が大きかったというものです。この報告は、人間関係のストレスなど心理的ストレスが、ぎっくり腰を代表とする腰への負担による急性の腰痛が新たに発生することに影響し得ること裏付けている知見といってよいかもしれません。
欧米の予防に関するガイドラインの中では、腰痛予防には運動がいいだろうとされていますが、個別にどのような運動をすればよいのか、行う頻度はどのくらいがよいのか等は分かっていません。体操に関する私の考えは、次回お示しする予定です。産業衛生的観点では、人間工学的アプローチも重視しつつ、心理・社会的要因への配慮も必要で、両者を車の両輪とした対策が重要だと考えます(図5)。

図5 今後の腰痛対策

図6 腰椎の前彎を保持した姿勢:power position

車の両輪1:人間工学的アプローチ
例えば看護師や介護労働者は患者の移動で腰への身体的負荷がかかります。パワーポジションといって常に腰椎の前彎を保持する姿勢(図6:重量挙げ選手が持ち上げる時の姿勢をイメージ、ちょっと胸を張る感じ)を基本とした正しい姿勢や移乗の仕方の教育、また、全介助が必要な場合は、No lift policy の考え、つまり器具の導入も、我が国の将来像を見据え考えていくべきでしょう。

車の両輪2:心理・社会的側面への配慮
例えば職業性ストレス簡易調査票等を用いた定期的なストレス・メンタルチェックを行ない、その状況によってはカウンセリングを行ったり、一時的に勤務体制を見直す、休養を与えることなどを雇用者およびスーパーバイザー側へ働きかける必要があるかもしれません。
一方、活力と充実感に満ちた職場環境の整備、言い換えればWork Engagementの向上を目指した対策も模索すべきかもしれません。島津(参考文献8)は、管理監督者研修、職場環境等の改善、セルフケア研修を、人事労務とも協調しながら行うことが重要と述べています。腰痛やメンタルヘルスの対策、言い換えれば、勤労者の心身の健康維持・増進のため、職場でのポジティブ心理学の導入が望まれます。

参考文献

  1. 松平浩:職場での腰痛には心理・社会的要因も関与している―職場における非特異的腰痛の対策―.産業医学ジャーナル33(1):60-66,2010
  2. 松平浩,他:勤労者における仕事に支障をきたす腰痛の関連要因の探索的検討.臨整外44(3):263-8,2009.
  3. 松平浩,他:勤労者における「仕事に支障をきたす腰痛」の危険因子.日整会誌84(7):452-457,2010
  4. 松平浩:知っておきたい腰痛と腰部脊柱管狭窄症の知識. Nikkei Medical 2009年12月号特別編集版, 59-62, 2009,pp267-278
  5. 松平浩:大規模疫学調査から見えてきた日本人の  腰痛(巻頭インタビュー,聞き手:粕谷大智).医道の日本69(4):11-23, 2010
  6. 松平浩,笠原諭:心因性腰痛.腰痛 - 診療実践マニュアル.整形外科臨床パサージュ1巻(山下敏彦編).中山書店,東京, 2010,pp267-278
  7. Davis KG, et al : The impact of mental process-ing and pacing on spine loading. Spine 27(23):2643-53, 2002.
  8. 島津明人:職場のポジティブ心理学:ワーク・エングイジメントの視点から.産業ストレス研究16(3):131-38, 2009.